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広島高等裁判所岡山支部 昭和48年(ネ)123号 判決 1975年12月08日

控訴人

三宅裕久

右訴訟代理人

浦部信児

被控訴人

岡山トヨペット株式会社

右訴訟代理人

宮本誉志男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金一四四万円及びこれに対する昭和四五年一〇月九日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張ならびに証拠関係は、次に付加するもののほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

(控訴代理人の陳述)

一、本件損害保険契約は第三者のためにする契約と見るべきであり、そしてその場合、民法五三七条二項に拘わらず、第三者の受益の意思の表示を要せず、当然に保険契約上の権利を取得する(商法六四七条、六七五条参照)と解される。しかも控訴人は訴外会社を代理して自らのために保険契約を締結したものであるから、訴外会社控訴人間には委任関係があつたというべきである(商法六四八条)。単なる第三者のためにする契約の場合でも、第三者の諾約者に対する受益の意思表示において、表見的外観に対する信頼を保護すべき理由があるのであつて、要約者と共に第三者にも代理人に代理権ありと信じ、且つそう信ずるについて過失がない場合には、その第三者にも民法一一七条を準用し、無権代理人に対し損害賠償の請求を肯定すべきである。

二、控訴人の本件行為の主張(予備的請求)は、民法七一五条所定の使用者責任を追求するものである。

(証拠関係)<省略>

理由

一主位的請求について

被控訴会社が自動車販売及び自動車保険の代理を目的とする会社であり、訴外有限会社三寅商店が被控訴会社からその主張の普通乗用車一台を買受け、その際、被控訴会社が東京海上火災保険株式会社を代理して訴外会社との間に塔乗者傷害保険契約を締結したことは、当事者間に争いがない。

控訴人は、右保険種類は塔乗者傷害一事故一名各一、〇〇〇万円を限度とするもので、一事故につき塔乗者一名の場合は保険金の限度額は一、〇〇〇万円とする趣旨であつたのに、実際は被控訴会社は一事故一、〇〇〇万円一名二〇〇万円の保険契約締結代理権しか有しなかつたため、保険会社の追認を得られず損害を蒙つたとして、被控訴人に対し民法一一七条にもとづく無権代理人の責任を追求する。

民法一一七条の規定は、無権代理の効果が本人に帰属しないため、それが本人に帰属しないため、それが本人に帰属すると信じた相手方が損害を蒙つた場合、代理行為の相手方を保護して取引の安全をはかり、代理制度の信用を維持しようとして無権代理人にその責任を負わせたものである。そして第三者のためにする契約においては、その第三者は諾約者に対して受益の意思表示をすることにより、直接契約上の権利を取得するものであり、民法一一七条に該当する無権代理人の行為により損害を蒙つた場合には、前述したところと同様の理由により、契約当事者なる相手方と同様の保護を与えられるべきであろう。したがつて、保険契約の如き第三者のためにする契約について右法条の要件を具備するかぎり、相手方のみならず第三者もまた同法条にもとづき無権代理人の責任を追及しうるものと考える。ところで、本件においては、無権代理人たる被控訴人の代理行為により控訴人主張のような塔乗者傷害保険に関する合意(特約)が成立したかどうかが問題である。

<証拠>を総合すれば、訴外会社が被控訴会社から前記乗用車を買受けたところ、被控訴会社のセールス担当の従業員西野雅博は、東京海上火災保険株式会社の自動車保険に加入を勧めるにあたり、訴外会社の代理人たる控訴人に対し、本件保険契約にもとづいて給付される塔乗者傷害保険金の限度は一事故につき一、〇〇〇万円すなわち塔乗者が五名の場合は一名二〇〇万円となるが一名の場合は一、〇〇〇万円となる旨説明したので、控訴人はその旨の保険に加入することを申入れたこと、よつて西野はその旨を被控訴会社の保険事務担当の社員結縁昭彦に伝えたところ、右結縁は、当時保険会社から通常の場合限度額を一事故一、〇〇〇万円一名二〇〇万円と規制されていたので、このような一名一、〇〇〇万円もの高額の保険は保険会社で受付けて貰えないから、一名二〇〇万円の限度の保険とするよう控訴人の諒解を得てほしい旨指示したこと、そして結縁は右の諒解が得られたものとして一事故一、〇〇〇万円一名二〇〇万円の保険契約として成約の手続をしたこと、そして被控訴会社は納車時に訴外会社に対し右保険金額を明記した保険料金計算書を交付したことが認められる。

右認定の事実によれば、控訴人は訴外会社の代理人として西野の誘引により一事故一、〇〇〇万円一名一、〇〇〇万円の保険加入を申込んだが、被控訴人会社は右申込を承諾せず、一名二〇〇万円の限度で応諾して保険契約を成立させたものであることが明らかである。控訴人は、被控訴会社のセールスマンである西野との間で控訴人主張のような保険契約もしくはこれにともなう塔乗者傷害保険に関する合意が成立したと主張するもののようであるが、もともと自動車保険の代理店を兼ねる自動車販売会社のセールスマンにすぎない西野は顧客に対して保険加入の勧誘をなすにとどまり、契約締結の権限を有するものでないことは、前記認定の事実からこれを窺うことができる。結局控訴人と被控訴人間に控訴人主張のような合意が成立したことを認めるに足りないというほかないから、それが成立したことを前提とする控訴人の主位的請求は理由がない。

二予備的請求について

<証拠>によれば、本件保険契約の締結にあたり、被控訴会社の従業員である西野が控訴人に対し、塔乗者傷害保険金の限度額が塔乗者一名の場合は実際は二〇〇万円であるのに、誤つてそれが一、〇〇〇万円である旨説明したことが認められ<る。>

<証拠>によれば、当時保険業界においては、一事故一、〇〇〇万円一名一、〇〇〇万円というような高額の塔乗者傷害保険は、塔乗者が月収三〇万円以上の高額所得者に限られる場合のような特別の場合のほかは、加入を認めない方針がとられていたこと、本件においても東京海上火災保険株式会社から代理店である被控訴会社に対しその旨の強い指導規制が行われていたこと、訴外会社が買受けた乗用車は一般従業員用ということで、前記のような高額の塔乗者傷害保険が許容される場合に該当しなかつたことが認められ、これによつてみれば、仮りに西野が本件保険契約締結に当り過誤なく説明していたとしても、本件乗用車につき一事故一、〇〇〇万円一名一、〇〇〇万円の塔乗者傷害保険を内容する保険契約の成立は望みうべくもなかつたことが容易に推認される。とすれば右のような契約が成立しえたことを前提とする控訴人主張の損害の発生自体到底これを肯認することができないといわざるをえない。控訴人の予備的請求もまた理由がない。

してみれば、控訴人の本訴請求はいずれも失当として棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(渡辺忠之 山下進 篠森真之)

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